日本の先行く韓国の女性支援
お隣韓国が女性の社会的・経済的地位向上への取り組みで日本よりも様々な面で進んでいることは、あまり知られていません。
韓国の金大中大統領は、来年2月で5年間の任期を終える。南北朝鮮首脳会談の開催、国際通貨基金(IMF)の支援を仰いだ経済危機からの再生は、金政権の”2大業績”とも称されるが、女性の社会的・経済的地位向上への取り組みがこれらに劣らず高い評価を受けていることは、日本ではあまり知られていない。
ユニークな女性起業支援法
韓国では、95年に北京で開かれた国連世界女性会議をきっかけに、政府と市民団体双方のレベルで女性の地位向上に向けた具体的施策の必要性が認識されるようになり、女性の権利向上を公約に掲げた金大統領の登場で官民双方の取り組みが一気に加速した。
95年以降、女性比率が極端に少ない分野への女性の優先的登用を促すポシティブ・アクションを認めた女性発展基本法(95年)を皮切りに、家庭暴力防止と被害者保護等に関する法律(97年)、あらゆる社会領域での男女差別を禁じた差別禁止法、女性が経営する企業への優遇策を盛り込んだ女性企業支援法、採用差別や同一労働での賃金差別を禁じた男女雇用平等法(いずれも99年)など、女性の社会的・経済的地位向上を後押しする法律が次々に施行された。
特にユニークなのは女性企業支援法で、世界的にも数少ない法律だ。同法の下で、企業で働く女性や起業を目指す女性に様々な教育機会や情報を提供する公的機関、韓国女性経済人協会が設置された。また、国と地方自治体には女性が経営する企業への金融面での優遇や女性企業からの優先的な物品購入が義務付けられた。いずれも、日本では必要性が一部で議論されていながら実現には至っていない。
昨年11月には母性保護法が改正され、出産休暇延長(60日から90日へ、延長分の企業の給与負担は国が補てん)のほか、出産や育児休暇取得などを理由とした差別的解雇を実施した企業に対する罰金額の大幅引き上げなどが実施されるようになった。この結果、先に挙げた女性関連法とのセットで、女性の社会進出を妨げる法的要因はほぼ解消されたとの評価が韓国の女性政策担当者の間では支配的となった。
国連開発計画が公表している「人間開発報告書」によると、韓国のジェンダー開発指数(GDI 平均寿命や国民所得、教育水準などの男女間格差に基づき算出する)は、95年には世界37位だったが、2001年には29位に上昇。また、政治・経済界への女性の進出度を測るジェンダー・エンパワーメント測定(GEM)についても、90位から61位に順位を上げた。同じ期間にGDIが8位から11位、GEMが27位から31位に低下した日本とは対照的だ。
政府とVCで「女性起業家限定ファンド」
韓国では現在、法律で保障された環境を生かして女性が実際に能力発揮できるよう、政府と民間が手を組んで様々な角度からの側面支援が行なわれている。そして、官民挙げての取り組みに向けられる双方の熱意こそが、日本の女性就業・起業支援をめぐる現状との大きな違いを生んでいるように見受けられる。2つの代表的な取り組みを紹介してみたい。
女性起業家の相互研さんと起業を目指す女性の支援組織として誕生した韓国女性ベンチャー協会(KOVWA)。当初は任意団体として設立されたが、98年に中小企業庁からベンチャー育成公認団体に指定され、現在では約600人の会員を有する大組織に成長した。
KOVWAの成長と歩調を合わせるように、2000年末で300社弱だった韓国の女性ベンチャー企業数も、02年3月には約400社に増えている。
KOVWAではこれまで、定期的な経営セミナーやワークショップを通じて、女性起業家の卵を数多く育て上げてきた。今年はこれに加えて、女性起業家が直面しがちな「資金へのアクセス」「マーケティング」という2つの大きな難題の解決に焦点を当てた事業を計画している。具体的には、政府とベンチャーキャピタル(VC)に折半出資を依頼して実現した女性起業家限定ファンドの規模を、100億ウォンから200億ウォン(約20億円)に拡大するほか、国内大手企業との商談会やシンガポールへの商談ミッションも行う。(写真=KOVWAの李会長)
KOVWAの李英南会長(計測器メーカー、EZデジタル最高経営責任者)は、本業の傍ら政府との折衝に当たるほか、最近では韓国の女性起業支援策に関心を持つ中国政府からの照会にも対応するなど、忙しい毎日を送っている。李会長は「私たちからこうして欲しいと政府に頼むよりは、政府のほうから『女性起業支援に必要なことは何か』と助言を求められる場面が多い」と誇らしげに語る。そして、「韓国でも、KOVWAができる前は女性起業家のニーズを吸い上げるチャンネルが存在しなかった。日本でもKOVWAのような組織ができれば、状況は変わるはず」と指摘する。
平等推進企業を評価・優遇
官民協働のもう一つの具体例は、女性が能力発揮しやすい労働環境を企業が提供しているかどうかを調査・評価する労働省の制度だ。同制度では、研究者やマスコミ関係者、市民団体などでつくる専門委員会が、企業から送られた調査票をもとに数回にわたって審査した上で、実際に企業に出向いて現地調査を行い、最終的に優良企業を選定する。毎年4月の雇用平等週間に行われる表彰式を兼ねたフォーラムは、商工会議所と大手新聞社が共催している。
今年の受賞企業の1つであるサムスン電子は、入社応募書類への写真添付を廃止したり、妊娠中の女性社員に対する健康診断を始めるなど、性別にとらわれない能力重視の姿勢を掲げながら、女性の健康にも配慮する人事方針が評価された。優良企業に選定された企業は、銀行から優先的に融資を受けられるだけでなく、一部税控除の特典も与えられている。男女平等な就労環境を一層向上させようと、政府と民間が知恵を絞る姿勢が見て取れる制度になっている。
日本にも同じような企業表彰制度はあるものの、韓国の制度に見られる民間の関与はないばかりか、努力した企業に対するインセンティブが存在しないため、制度が象徴的な意味合いとして機能するにとどまっているのが現状だ。
非正社員の7割が女性
韓国統計庁によると、韓国の女性労働者数は2000年末に前年比7.5%増の約527万人、女性企業数も102万社余と同4.1%増えた。女性の就労・起業支援を「ポスト産業社会の経済発展に不可欠な要素」とする共通認識に基づき、政府と民間が一体となって女性の就業・起業支援に取り組む成果は確実に表れている。しかし、一見すると順風万帆な働く韓国女性の環境に問題がないわけではない。
その1つが、97年の経済危機以降顕著となったパートや派遣社員など非正社員の増加だ。特にその約70%が女性で、賃金水準(時給換算)は正社員の54%にとどまっている。経済危機をきっかけに進んだ産業構造の変化が女性の就労機会を広げた一方で、”貧困の女性化”とも言うべき状況も生まれている。
これに対し、労働組合の韓国女性労働者協会や女性団体などは、非正社員の待遇向上を目指す対策本部を組織し、
▼非正社員は期限付き業務にのみ採用するとともに、1年以上経過した場合は正社員とする
▼女性が多い保険営業や教材販売などの個人事業者に対する労働保護法の適用
▼同一労働同一賃金原則の徹底-などを求めて運動を展開。
労働省も、ようやく実態把握に乗り出す方針を示した。
また、女性は子供を生むものという根強い国民意識が、働く女性の心理的な壁になっている面も否めない。急増する女性ベンチャー企業も、全体に占める割合はまだわずか3.4%。KOVWAの李会長は「法律は十分だが、仕事と家庭生活の両立を可能にするためには文化的土壌の変革も必要だ」と指摘する。
政府も「良い制度が整っても女性の能力や意識が伴わなければ意味がない」(労働省幹部)として、来年スタートする第三次雇用平等基本計画は、女性の能力開発に重点を置いた内容とする方針だ。
女性政策の立案・チェック体制整う
昨年1月、女性政策を担う専門組織を求める市民団体などの要望が実を結び、一連の女性政策関連法の監督機関として女性省が誕生した。これまで各省庁に分散していた政府の女性関連部署も同省に一元化された。李 恵卿・国際協力局副局長は「前身の女性特別委員会(大統領直属)では、各省の調整機能しかなく不十分だったが、女性省となって政策提案と政策チェックが同時にできる」と、同省誕生の意義を強調する。
国会でも、これまで特別委員会だった女性委員会が4月に常任委員会となり、女性政策の推進・チェック体制は一層強化された。
政府は法律を作りっぱなしするのではなく、実効性を上げるための努力を民間とともに行う。民間もそれぞれの立場から主張すべきことをきちんと主張する-。女性の就業・起業支援に対する韓国の官民の姿勢に、日本が学ぶべき点は決して少なくないはずだ。
(2002年7月掲載)