世界が地域通貨を求めている
地域通貨は、私たちがいつも使っているお金だけでは買えない身近なつながりや志を同じくする人々同士のネットワークをもたらす可能性を秘めています。世界では、荒廃する地方都市の再生や急激な金融市場の変動から地域を守るためにも使われています。
2002年元旦早々の欧州単一通貨ユーロの流通は大きな混乱もなく進み、日米欧の3極通貨を中心とした国際金融システムが名実ともに動き出した。その一方で、このシステムを支える各国の法定通貨とは異なるもうひとつの通貨「地域通貨」が世界各地で根を張りつつある。そこには、市場経済では評価されにくい事柄を融通しあう触媒として地域通貨を循環させることで地域経済の再生を目指す人々の願いがある。
カナダ地方都市の試みから広がり
地域通貨とは、地域内での支え合いを通じたサービスや行為を時間や点数、紙幣などに置き換え、これを通貨として財やサービスと交換する仕組みだ。一定の地域や集団内での取引に限定して使用することができ、循環し続けることで価値を生み出す。
世界大恐慌とほぼ同時期の1929年10月、ドイツのエアフルトで地域の景気回復を目指して自主的通貨ヴェーラを使用するヴェーラ交換組合が設立されたのが、地域通貨の始まりだったとされる。
ヴェーラはライヒスマルクに代わって交換手段として流通、企業は賃金の一部をヴェーラで支給し、受け取ったヴェーラは消費財の購入に使われた。交換組合は2年足らずで組合員数が1000を超えるまでになり、ヴェーラは恐慌で滞留しがちなライヒスマルクと併存しながら小規模な代替支払手段として循環し、地域経済を活性化させたと伝えられている。
それから50年余。カナダのマイケル・リントン氏が82年に考案した「地域交換交易制度(LETS)」が、地域通貨を世界的に広げるきっかけとなった。リントン氏が住むカナダ・バンクーバー島の地方都市コモックスバレーは当時、深刻な不況に見舞われていた。
「資金がなければ自分たちで作ろう」-。リントン氏は仲間に呼びかけて互いに提供できることをリストにしてそれらを交換し合うことで、不況下でも生活を支え合える相互扶助の仕組みを立ち上げた。
LETSでは、あらかじめ登録した会員が商品・サービス提供時に受け取る「クレジット」(プラス)と、商品・サービスを購入した際に発生する「コミットメント」(マイナス)とを口座に記録したり、小切手として振り出しながら、会員間で提供し合える財やサービスを取引する。
LETSは83年にコモックスバレーでスタートした後、米国や英国、ドイツ、フランスなどの2000カ所以上で導入され、文字通り地域通貨の原型となった。
形態は「助け合い型」と「財・サービス購入型」
地域通貨は、主な使用目的によって大きく2つに分けることができる。1つは「助け合い型」で、地域内での様々な助け合い活動を通じて通貨を獲得し、使用することに限定されている。これまで家庭内のみで行われがちだった家事や子育て、老人介護などを地域全体で担うことによって、地域再生を目指す試みとも言える。
その代表格は、80年代後半以降に米国を中心に広がった「タイムダラー(時間預託制度)」。タイムダラーでは、例えば参加者の誰かに1時間サービスを提供すれば、1タイムダラーが支給される一方、貯めた1タイムダラーで参加者の誰かから1時間のサービスを受けられる。社会的地位や市場に左右されず、人々が等しく持っている「時間」に対して平等に価値付けするのが最大の特徴だ。
日本では95年、愛媛県関前村がタイムダラーを取り入れた日本初の地域通貨「だんだん」(方言で「重ね重ねありがとう」の意)をスタートさせた。会員同士がミカン山への送迎から荷物の運搬、草取り、子守り、猫の世話、買い物代行、モーニングコールに至るまで約45種類のサービスを地域通貨でやり取りしている。
瀬戸内海の三離島からなる同村の老齢比率は50%近く。人口の過疎とともに、「異世代間コミュニケーションの過疎」をも克服し、昔ながらの相互扶助の仕組みを再構築することで地域再生を図ろうとしている。
地域通貨のもう一つの形態は、市場で売られている財やサービスも地域通貨で購入することができる「財・サービス購入型」。地域に資金を循環させることで地域経済を活性化するという目的意識の強さが反映されている。
米ニューヨーク州イサカ市で91年に導入された紙幣「イサカアワーズ」は、イサカ市内のダウンタウンにある商店街や地元資本の生活協同組合で使用できるほか、地元の信用組合での担保設定やローン返済にも充てられるというユニークなものだ。
2000年時点では、人口約2万人の都市にあって数千人規模の地域住民と400余の企業に受け入れられ、イサカアワーは「財・サービス購入型」地域通貨の成功例との評価を得るに至った。日本でも、滋賀県草津市の地域通貨「おうみ」がイサカアワーと似たシステムで運営されている。
このほか、中南米地域では90年代後半の通貨危機をきっかけに、急激な物価変動にさらされる現在の金融システムから分離したシステムが必要だとする意識が高まり、アルゼンチンを中心に地域通貨の流通が相次いだ。地域通貨のみが使えるバザーが各地で開催されるようになり、同地域の経済的自立の切り札としての役割が徐々に高まっている。
地域経済の疲弊に危機感
地域通貨は、今では世界約3000ヵ所で流通するようになり、日本でも200~300か所ですでに流通、または流通に向けた取り組みが始まっている。
多種多様になった地域通貨も、導入のきっかけが大都市への資本と人材の流出に伴う地域経済の疲弊に対する危機感という点でおおむね共通している。これはそのまま日本の現状に置き換えることができ、最近の日本での導入ラッシュの背景になっているとみられる。
地域経済再生の”救世主”として期待される地域通貨。その成功には、何よりも地域社会が自ら目指す姿をはっきりさせ、それに見合った地域通貨の運営形態を選択するとともに、地域で行われている様々な事業を巻き込んで共存できる仕掛けをどう盛り込んでいくかという視点も求められよう。
(2002年7月掲載)