環境共生型コーポラティブハウス《後編》

環境共生型コーポラティブハウス《後編》

(株)チームネット代表取締役 甲斐徹郎さんインタビュー

 


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働く女性のためのキャリアプランニング情報誌
「きゃりあ・ぷれす」vol. 107
2002・5・22(水)発行
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■INDEX■
■【特集企画】「天職を探せ」第3回
甲斐 徹郎さん(後編)(マーケティング・コンサルタント)

・ 集落研究をして思ったこと
(滋賀県 近江八幡、沖縄県 備瀬町、三重県 御城番屋敷)
・ 環境共生コーポラティブという考え方
・ 「住環境」と「働き方」の相互変化

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第3回 甲斐 徹郎さん
(マーケティング・コンサルタント)後編
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■プロフィール■
甲斐 徹郎 (Kai Tetsurou)
株式会社チームネット代表取締役

1959年東京都出身。千葉大学文学部行動科学科卒業。
(株)日本マーケティング研究所にて、建材や住宅を中心にマーケティング
の実務を担当。独立後、(株)チームネットを設立し、環境共生住宅を専門
分野としたマーケティング・コンサルタント業務に従事している。
2001年より、都留文科大学社会学科非常勤講師。

◆主な実績◆
1.環境共生型コーポラティブ住宅「経堂の杜」企画・コーディネイト
2.鳥取県環境共生住宅提案コンペにて最優秀賞受賞。同県営住宅基本設計参画
3.東京電力・省エネルギー住宅普及活動「住まいと街づくり塾」の企画運営
4.市民啓蒙活動「エコロジー住宅市民学校」の主宰
5.戸建環境共生住宅の企画

◆環境共生型コーポラティブ住宅とは◆――――――――――――――――
コーポラティブ方式(住宅を求める人が集まって組合を結成し、土地を取得
し、設計、工事を発注して建物を建設し、管理する方式)とパッシブデザイ
ン(自然の営みを巧みに住まいに取り込み、自然の力で室内環境の快適化を
図る手法)を組み合わせた建築手法によって建てられた住宅。
積極的に整備された「自然環境」と「建物」とが一体となって、全体として
一つの大きな「自然の空調装置」として機能するように計画されている。

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■集落研究をして思ったこと
◇滋賀県 近江八幡、五個荘町(ごかしょうちょう)で思ったこと
◇沖縄県 備瀬(びせ)町で思ったこと
◇三重県 御城番屋敷で思ったこと
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◇滋賀県 近江八幡、五個荘町(ごかしょうちょう)で思ったこと

甲斐 「経堂の杜」ができたあとに、日本の集落を歩いてみようと思い、集
落研究という自主研究を始めました。最初に行ったのが、近江八幡と
その隣の五個荘町(ごかしょうちょう)という所でした。そこはいわ
ゆる水の都で、水路が町を巡っているんです。その水路が、単に町の
景観というのではなくて、各家の敷地の中まで流れ込んでいて、洗い
場などの生活インフラになっているんです。見ていくと、その水路が
上水道なのか下水道なのか明確な区別がない。入って来た水を生活の
中で利用して、生活排水を出すという経路が1本で成り立っているん
です。

これがどうして成り立つのかが不思議だったんですが、庭を見ると池
があって、その池の中に一旦使った水が貯まって、その中で水は浄化
されるんです。池の中には水棲植物や微生物がいて、汚水を浄化して、
きれいになった水をまた水路に戻すという繰り返しがある。それで水
路の水はきれいなまま保たれるという仕組みになっているんです。
それを見て思ったのは、個人が町のインフラと関係性があって、ちゃ
んと接することができれば、そのインフラは保たれるということです。
そこでは、個人が町に依存し、町は個人の営みに依存している。その
相互依存関係が豊かさをつくりだし、調和を生みだしているというこ
とがわかりました。

我々は、集落のコミュニティーとは、ガチガチのがんじがらめな没個
性なものだっていう先入観があるけど、実はそうではなくて、コミュ
ニティーが個人の生活の豊かさの支えになっている、ということを理
解することができたのです。

◇沖縄県 備瀬(びせ)町で思ったこと

甲斐 沖縄県の那覇の逆サイド、名護市の先に、備瀬(びせ)という300年
くらい前からある集落があります。
まず近くに寄って見ると、集落らしきものは何も見えない。森がある
なあと思ったら、実はそれは森じゃなくて、1本1本の木が家の生け
垣なんです。
その木は福木っていう常緑の木で、長い年月でゆっくり育っていって、
何十年かかけて、5~6メートルくらいの大きさに成長します。
そこでは、家の周りを木が360度囲っていて、それが同じパターンで
並んでいくから、全体が森のように見えるんです。この中を歩くと、
木に囲まれた道になっていてものすごく涼しい。風景は縦と横にずっ
と同じように続いていて、非常に気持ちがいいんです。

宮崎 その集落は、何のために、そのようになっているんでしょうか?

甲斐 これは、台風が来たときに、防風林になるんです。生け垣に囲まれた
家が、1軒だけじゃなくて、これだけ寄り添っていると、台風に対す
る大きな防波堤になるんです。中の家は普通の木造住宅ですが、どん
な台風が来ても、この生け垣のおかげで家は守られる。
一方で、家がどんどんできていくうちに防風林の厚みが増していくと、
防風林に守られる耕作地も同時に広がっていくんです。
ここでは家を作る行為が、環境を作る行為と、集落を作っていく行為
と、防風林を作っていく行為と、耕作地ができ上がっていくという行
為と同時に進んでいくんです。

◇三重県 御城番屋敷で思ったこと

甲斐 三重県、松坂市にある松山城の城下町に、道を挟んで向かい合わせに
10軒の長屋が並んで建っている場所があります。
そこは、かつて、松山城に勤めるお城番たちの官舎でした。

宮崎  そこには今も人が住んでいるのですか?

甲斐 ええ。今でも江戸末期からの末裔の18世帯が暮らしています。
長家には表の庭と裏の庭があって、表の庭は道側にあって、公共に対
してのつながりの空間の役割を果たしています。裏側はプライベート
な庭や畑になっています。ちょうど、イギリスのタウンハウスみたい
な感じです。
それで、生け垣が道に沿って植え込んであるんですが、それが公共の
スペースと、プライベートなスペースを緩やかに遮断している。お城
へとつながる道を怪しい人物が通らないかと監視もできるし、外部か
らの視線を制御し、プライバシーを守る機能もあります。

そこでは1部屋だけ一般に開放されています。僕も実際にその部屋に
入って畳の上でくつろいでみたんですが、外は暑いのに建物の中は涼
しい。1時間くらいそこでぼーっとして、雑談とかしてくつろいでい
ると、ある拍子に表の庭から気持ちのいい風が入ってくるのに気づく。
少しすると、今度は裏の庭から入ってくる。風がなんというか、揺ら
ぐんですね。

あれ?どうして風があっち行ったり、こっち来たりして揺らぐのかと
思ったら、表の道を浜風が駆け抜けていく時、浜風は生け垣と生け垣
に挟まれた道をまっすぐ抜けていく。抜けていく時って、風圧の関係
で表の庭の空気が生け垣を通過して、外に引っ張られていく。
そうすると、裏側の庭の空気が室内に引っ張られて入ってくる。だか
ら部屋に入ってくる空気は、浜風ではなくて涼しい庭の空気なんです。
裏の道の風が止んだときは、さっきとちょうど逆の現象が起きて、反
対の庭の空気が流れて込んでくる。そうやって空気の揺らぎが起きる
んです。

今でも実際に機能している、そういう集落を何カ所か見ていくと、場
所は違っても、すごくほっとするような共通の気持ち良さがあるんで
す。それらの場所では、個人と環境が広い意味で調和が取れているん
ですね。
それらはどれも1軒だけじゃなくて、数件の繋がりがあって、はじめ
て機能するものなんです。個人単位では実現できないものが、人との
繋がりの中では実現できる。
人とのつながりの中から生まれたものは、時代を超えて気持ちの良さ
を提供し得るということを、僕はそこで学んだんですね。

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■環境共生コーポラティブという考え方
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甲斐 沖縄の場合、今の住宅は大抵、RC工法(鉄筋コンクリート製住宅)
で建てるんです。まず道があって、そこへRC工法で建てた家が建ち
並んでいくので、その辺り全体はコンクリートのジャングルになって
しまうんです。RC工法だと、住人は気密性の高い住居の中でエアコ
ンを使ったりしながら、住居の中だけの快適性を求めていく。スタン
ドアローンで成り立つ閉鎖的な環境になってしまうんです。
そうなっていくと、住居の内へこもった人は、外の環境への関心はな
くなってくる。そうなると、住人は全く庭に木を植えようとしない、
緑の少ないコンクリートむき出しの街並みは街全体が熱の固まりにな
ってしまうんです。

また、各自が自分勝手に家を建てますから、そこには豊かな美しい街
並みは決して生まれませんよね。
住居の中を快適にする技術がここまで進んでくると、住居の中がまる
で宇宙の中を漂っている宇宙船のような感覚になっていき、外の環境、
町とかコミュニティーを必要としない生活が営まれるんです。

宮崎 外に出ても、気持ちが悪いので、むしろ家の中にいるというわけです
ね。

甲斐 そうです。家の中にいれば、快適で自由な環境は保証されて、煩わし
い人間関係もないという発想になる。でも、そこでの生活はクーラー
への依存度が高いので、自律神経が変調を来して、身体の調子を崩し
たり疲れやすくなってしまう。

宮崎 リフレッシュするために、自然を求めてわざわざ、どこかに行かなき
ゃならなくなるとか。

甲斐 そうなんです。それから、この家で生活する子供は、学校とコンビニ
と塾と、自分の部屋(家でなく)を線で結んだ範囲の中で、生活する
ようになる。
子供は、その限られた世界の中では、社会性を身に付けることはでき
ないので、未成熟なキレやすい人間になったり、引きこもったりする
ようになるんです。

宮崎 要するに都会の象徴ですね。

甲斐 そうですね。都市部の人々の生活は、技術の進歩と共にどんどん細か
く区切られて、内へ内へとこもっていくものになってしまった。
昔の豊かさは、快適性を保つためには、外へ外へと繋がっていくこと
で成り立っていたわけで、今と全く正反対なんですよね。
集落を見てきて、そこでのコミュニティの価値に、現代の都市で忘れ
てしまった快適さを感じたんですね。それで、それらをもし現代風に
アレンジすることができれば、都市部でも使えるのではないか、と思
ったんです。もう一度、都市部における個人にとっての豊かさを実現
させるためには、今ではもう使いこなせていないものを、もう一度使
いこなせるようにする。

ひとつは外の環境、つまり自然環境や住環境で、もうひとつはコミュ
ニティーです。それらをもう一回、自分達の生活を豊かにするための
道具として使いこなすというのが、環境共生型コーポラティブにおけ
る僕の戦略です。
「経堂の杜」というコーポラティブハウスは、12世帯という小さなコ
ミュニティーですが、それでも個人単位ではなく、複数の人の協力に
よって、樹齢120年という大きなケヤキの木を敷地内に4本残すこと
ができた。
240坪という限られた空間であっても、コミュニティーを手段として
活かせば、戦略的に都市環境を再生することが可能だということがわ
かった。
「経堂の杜」の実現で、新しい、個人にとっての豊かさのあり方が目
に見えるようになりました。そして、その中に私の事務所があります。
ですから、自分のライフワークの実現をまさに目の当たりにしている
といった状況なんです。

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■「住環境」と「働き方」の相互変化
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宮崎 家が今みたいに、帰って寝るだけという場所ではなくなれば、昼間の
過ごし方も変わっていくと思うんです。家で過ごす時間が増えていく
なら、働き方も今とは変わっていくのではないでしょうか?

甲斐 そうですね。企業が変わるのは、まだ時間がかかるかもしれないけど、
実際に生活スタイルが変わりつつあるという現状では、企業も変わっ
ていかざるを得ないでしょうね。

宮崎 恐らく「環境」と「働き方」の変革は同時に進んでいくのであって、
どちらか一方だけが進むということはないと思うんです。
つまり甲斐さんは住環境の変革を進めていって、私達(「きゃりあ・
ぷれす」)は働き方の変革を進めていこうとしている。でも、結局は
同じものを目指しているんでしょうね。

甲斐 そう思います。今、少しずつ世の中が渦巻き始めていて、その「うね
り」を、僕らはお互いで確認しあっているという状況なんでしょうね。
僕らが「うねり」の中から読み取ったものを、次はもっとマスな人々
へと伝えたときに「うねり」は顕在化して、それが世の中への、何ら
かの「回答」になるんじゃないかと思っています。

宮崎 それが一番大事なことなんですよね。そこで起きていく「うねり」は、
私たちが思い描いていたものかも知れないし、また違ったものかも知
れないけど、それがどういうものかは、自然と明らかになっていくん
ですよね。

甲斐 そうですね。「経堂の杜」のようなプロジェクトに参加する人の反応
を見てると、僕が「快適とは何か」と思いながら作り上げたものが、
たくさんの人々によって受け入れられている。それは自分の思いが決
して特殊なものではなくて、人々の中に潜在していたニーズに叶った
ものを作り得たからじゃないか、と思うんですね。

今、都留文科大学で地域社会学の授業を教えているのですが、その講
議の中で、“そうなっちゃう理論”というのを、結構まじめに教えて
いるんです(笑)。
それはふたつの公式があって、「自分の思いは他人の思い」っていう
のと、もうひとつは、「他人の思いは自分の思い」っていうもので、
それは自分が思うことは他人も思っているという公式なんです。

個人が思い描いたものは大きな普遍的なものの一部であって、自分だ
けが何か思い付いたと感じても、それは自分がたまたま早めに気付い
ただけであって、まだ気が付いてない人にもその思いは潜在している。
だから、何らかの働きかけをすれば、すぐに伝わるものだということ
なんです。
自分という存在を社会の一部であると認識し、決して特別な存在では
ないと気が付くことって、大事なことなんです。

宮崎 自分の事を深く見つめたら、それは社会に繋がるということなんです
よね。企業は、みんながそう言うからといって、個人レベルで思うこ
とと全く違う事をやろうとするけど、個人で思うことの方が、より本
質に近いという気がします。

甲斐 僕は自分の持っている知識やノウハウを、どんどん外に提供したいと
思います。ノウハウを隠さず、オープンにすることで、今までの市場
を形成していた「常識」が、変容をきたすことになる。その結果とし
て市場ができあがった時に、僕はもう仕事を選ぶ必要がなくなるんだ
と思います。今現在、僕はまだ特殊な仕事を選んでやっているという
状況だけど、その仕事が一般的なものとなれば、わざわざ営業なんて
する必要もなくなるんです。

宮崎 甲斐さんが思い描いていることを、同じように求める人がどんどん出
てくれば、企業の論理もマーケティングも意味を持たなくなりますね。
そうなってくると、今やってることは、環境共生に限定したものでは
なく、コミュニケーション全体の変革に関わってきますよね。

甲斐 僕の“そうなっちゃう理論”によるとそうなっていくでしょうね(笑)

宮崎 今、甲斐さんや私達がやってるような活動は、ほかにもいろんな場所
で、国境や人種を越えて、いろんなカタチで行われていますよね。そ
ういった流れが、そんなに遠くない将来、例えば5年ぐらいの間に、
大きな変換を引き起こすと私は感じています。そのためにも、今現在
別々で行われているそういった活動を、相互に繋げていくのが「きゃ
りあ・ぷれす」の役割だと思っています。

(了)

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