ジャーナリスト/コミュニティ・プロデューサー
木村麻紀 公式ウェブサイト

EU拡大前夜の東欧を訪ねて

 5月1日に欧州連合(EU)入りする東欧各国の文化・芸術に触れながら、EU拡大後の新たな欧州像を探ろうというユニークな文化キャラバン「European Identity Cultural Caravan」に参加した。キャラバンには、 欧州大陸はもちろん、中東や北米、オセアニアと文字通り世界各地から130人余がスロベニアに集結。日本人では、元三菱電機常務取締役で企業の社会的責任(CSR)推進を支援するNPO「フューチャー500」を主宰する木内孝氏と私の2人が参加。一線級のアーティストらによるパフォーマンスを堪能しつつ、移動中は小グループに分かれてテーマごとに議論し合うという盛りだくさんなキャラバンの様子、そしてEU加盟を待つ各国の人々の思いをご紹介したい。
▼世界的な課題にアートで挑む
 今回のキャラバンは、スロベニアの文化大使でバイオリニストのミハ・ポガチニック氏(写真)の発案を、ドイツの出版会社が支える形で実現した。ポガチニック氏は、「環境問題や戦争など山積する世界的な課題の解決に文化・芸術が果たせる役割は何か」という問題意識をベースに、東欧諸国が民主化される以前からこの種のキャラバンを世界各地で企画するとともに、最近では芸術を通じた経営者教育にも熱心に取り組むなど、音楽家として非常にユニークな活動を続けている。
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リュブリャナ市内の教会でのグレゴリオ聖歌隊によるコーラス、ブダペストでの若手ナンバーワン弦楽カルテットによる演奏、チロル民謡にも似たブラチスラバでの民俗音楽演奏、クラカウの新興劇場でのポーランド語によるハムレット上演、ポガチニック氏も交えた最終日のプラハでのオーケストラ演奏は、どれも彼の人脈なしにはありえなかったものだ。
 また、各都市間の移動中は20人程度の小グループに分かれ、▽欧州のリーダーシップ▽技術革新と起業家精神▽地球環境の持続可能性とCSR▽芸術の役割、などの各テーマについて、10年後の欧州ではどうあるべきかを議論するワークショップが開かれた。どれも一朝一夕に結論が出るものではないけれども、各グループはバスのごう音に負けじとばかりに活発なディスカッションを繰り広げていた。ワークショップで話し合われた内容は冊子の形でまとめられ、欧州委員会に届けられることになっている。
▼EU加盟、それぞれの期待と不安
 日本人の私は10年後の欧州がどうあるべきかということに関しては門外漢と言わざるを得ないので、関心領域であるCSRのワークショップに参加しつつも、新たにEUに加盟する各国の人々へのインタビューを通じて、各国の現状を知ろうと努めた。以下の3人の話から、EU加盟を間近に控えた各国のムードを感じていただければと思う。
 成熟国家に向けて-スロベニア
 アドリア海に面した小国スロベニア。ユーゴからの独立以来順調に経済成長が続き、EU加盟の国民投票では9割弱が加盟に賛成した。今回の新加盟国の中では優等生的存在の国だ。
 リュブリャナ在住の通訳者ヤスナ・ストゥレさんは、EU加盟後は国際的な会議やイベントなどでの通訳の仕事が増えるとともに、EU関連機関が集中するブリュッセルやストラスブールなどで通訳技術を学べる機会が広がることに期待感を示していた。しかし一方で、「スロベニア人は既に働きすぎ。EU加盟でこうした傾向がさらに強まって、人々の精神的な余裕がなくなっていくことが気になる」と話していた。ある程度の経済発展を遂げた今、スロベニアは働くことの意義や精神的豊かさといった側面がクローズアップされる段階に入ったのかもしれない。
環境保護の進展に期待も多国籍企業の進出には警戒-ハンガリー
 豊かな自然を生かした農業国として欧州市場で重要な役割を果たすハンガリー。しかし近年、乱開発などによる国土の荒廃が目立ってきたという。大学で動物学を指導するハビル・スガール教授は「EUの環境関連法が適用されることで、自然破壊に歯止めが掛かることに期待したい」と語る。
 第二次世界大戦以後の友好関係を反映してか、既にドイツ資本の進出が著しい。スガール教授は、多国籍企業の進出でお家芸である農業や食品業を含めた国内産業が衰退する可能性があるとして、EU加盟以降加速することが予想される多国籍企業の進出には警戒感を持っていた。
欧州の一員としての理解深める啓発活動-チェコ
 チェコではEU加盟の国民投票の際に反対票が2割強にのぼり、EU参加への批判も依然として根強い。
 元外交官のモニカ・ペヤロバさんは90年代後半、10年に及ぶ西欧各国での任務を終えて帰国した際、チェコが欧州の一員であるという認識が国民の間で共有されていない現状に驚いたという。EU加盟の国民投票を控えて危機感を抱いたペヤロバさんは、EU加盟への国民の理解を深める活動をしようと、外交官を辞してNGO「Ano  pro  Evropu(Yes for Europeの意味)」を設立。EU加盟のメリット・デメリットを話し合うことでチェコの将来について国民に考えてもらうタウンミーティングを各地で開いたほか、国民投票の前日には有名アーティストを動員して大イベントを開催するなど、民間の立場からEU加盟に向けた世論形成に貢献してきた。ペヤロバさんは「今後は東欧諸国を中心とした他のEU加盟国のNGOなどと協力して、国民の“EUアレルギー”を払しょくする工夫を重ねていきたい」と意気込んでいた。
▼拡大EU、多様性維持の試金石
 今回キャラバンで巡った東欧5カ国は、ビジネスや留学などを通じて関係を持っている人は別として、一般の日本人は遠く離れたなじみの薄い国々として一括りに見てしまいがちだろう。私自身もそうだった。しかし、そこには国としての成り立ちの違いや民族の移動が生んだ、細やかな文化的な多様性が今なお豊かに存在する。グローバリゼーションの恩恵を生かしながら文化的なローカル色をいかに維持することができるか-。世界じゅうの各地域が直面するこの課題にどう対応するかという点で言えば、今回のEUの東方拡大は間違いなくその試金石になるだろう。そうした意味からも、EU加盟以後の各国の行方に注目したいと感じた1週間だった。